時短しながら絵を仕上げられる「グリザイユ技法」を紹介します。もともとは油彩画の技法ですが、水彩画でも活用することができます。使用画材の注意点や、影に使う絵の具が違うとどんな風に変わるかなどの実験も行いました。
グリザイユ技法とは?
先にモノクロや暗色で明暗を描き、その後に固有色(物の色)を塗る方法です。

グリザイユ技法の良いところは以下の通りです。
たとえば先ほどのような黄色と緑の花を一般的な描き方で描くと、
①花(黄色)を塗る→②花の影(暗い黄色)を塗る→③葉(緑)を塗る→④葉の影(暗い緑)を塗る
となりますが、グリザイユ技法なら「①全部の影→②③花と葉の色を塗る」と少ない手数で完成させられ時短となります。
また、固有色それぞれに影の色を作ると影の濃さや色味がまとまらないことがありますが、グリザイユ技法なら先に影色を塗るのでバランスが良いです。
また、これが一番大きいと思いますが、先に明暗を塗るので明暗コントロールに意識が向きます。続けることで明暗コントロール=描写力がUPします。物の形や明暗を描く練習として鉛筆などでモノクロのデッサンを行いますが、陰影に集中して描いている感覚はそれに近いです。
一方、グリザイユ技法の難しいポイントもあります。
透明水彩は重ね塗りする際にいくつか注意点があり、適切な画材を使わないと思ったような仕上がりにならないことがあります。(次の項目で後述します)
また、上記のメリットの裏返しにはなるのですが影色や濃さにまとまりが出る一方で、まとまりが良すぎて絵が単調に見えてしまうこともあります。しかし、これも透明水彩ならではの画材の特徴を生かしてカバーすることができます(最後の方で後述します)。

コツさえ押さえれば、グリザイユ技法は時短で絵を完成させつつ、明暗コントロール力という絵の描写力UPの良い練習になる技法です!
グリザイユ技法に適した水彩画材
先に影の色を塗ってから、後から固有色を塗り重ねるには画材の組み合わせが重要です。
ポイント1 重ね塗りに耐える絵の具
水彩絵の具は水で溶ける性質があるため、紙に塗った後に後から載せた絵の具の水分で溶けだしてしまうことがあります。一方、溶け出しにくい性質を「ステイン性」と言います。グリザイユ技法の陰影の色にはステイン性のある絵の具が適しています。
その性質のある絵の具は絵の具のチューブやメーカーカラーチャートにステイン性(略表記:St)が表記されています。(メーカーによってはそもそもステイン性に関する表記がないこともあります)
ステイン性のない絵の具とステイン性のある絵の具を比べてみました。


ステイン性が弱いと、せっかく塗った影の部分が溶け出してしまうので要注意です。
ただ、メーカー表示にステイン性の表記があっても全く溶けないという訳ではなく、条件によっては少しにじむような感じがありますが水彩らしい画面となります。逆にステイン性の表記が無くても、意外と重ね塗りができることもあるので、ご自身の絵の具で一度試してみるのをオススメします。
ポイント1 重ね塗りが得意な水彩紙
水彩紙は種類によって、一度塗った絵の具が溶け出しやすい物、溶け出しにくいものがあります。グリザイユ技法の際には基本的には重ね塗りが得意な水彩紙を選びましょう。(重ねた絵の具が溶けだすのも水彩らしい味ではあるので、溶け出しやすいのは絶対NGという訳ではないです。)
一般的にはコットン100%の水彩紙の方が絵の具が溶け出しにくく、パルプを配合した水彩紙の方が絵の具が溶け出しやすいです。
溶けだしにくい例)↓ウォーターフォード(WF)水彩紙(コットン100%)


溶け出しやすい例)↓ホワイトワトソン(パルプ+コットン)


とはいってもこの後行った実験(後述)では、ホワイトワトソンでもいい感じにグリザイユ技法で絵が描けたので、紙の種類はお好みです! まずグリザイユ技法がどんなものか試してみたい場合には、ウォーターフォードのような重ね塗りに強い紙で試してみると失敗しにくいです。
ポイント3 よく乾かす!
水彩で絵を描くときに一番大事なポイントです! 完全に乾いていないうちに次の色を重ねると、先に塗った絵の具が溶け出してしまいます。(ステイン性があっても溶け出します)
今回の実験では、影色を塗ってから湿度30~50%程度の室内で1日以上置くことで完全に乾かしてから次の行程に移っています。一日も置いておく必要はないですが、数十分~数時間置いて画面が完全に乾いてから次の行程に進むことをオススメします。

一口にグリザイユ技法といっても、画材の使い方で絵に与える印象はかなり変わります。もっとよく知るために同じ絵でいくつか実験してみました!
実験①影色の違い

実験は、①陰影の塗りを行った後、②固有色(と線画起こし)を行いました。固有色塗りは、柄や反対色の取り合わせなどを行ってまとまりのない画面にしています。固有色だけだと賑やかですが平坦で奥行きがなく、このような込み入った線画だともう少し陰影をつけてメリハリをつけた方が絵として見やすい感じがします。
さて、まずは実験①影の色について。
一般的にはグリザイユ技法はモノクロまたはセピアで影色を描くことが多いです。しかし、影の色が黒っぽくなってしまうと暗い絵になりがちです。特にキャラクターイラストだと暗さが目立ちます。そこで、キャラクターイラストにあうよう影色を変化させてみました。

同じ絵ですが影色の違いでかなり印象が違いますね!(表情の個体差など細かいところではなく、全体の雰囲気をみてください💦)
オーソドックスな影色セピアは、重厚感のある仕上がりですね。今回のカラフルロリータ服というモチーフ・色の組み合わせでは少し浮いていますが、落ち着いた絵や、男性の絵には合いそうです。
肌馴染みの良い影色として私のお気に入りは濃紫色のW&Nペリレーンバイオレットです。顔と髪になじみが良く、肌をきれいに見せてくれます。フリルなど白色の部分もピンクっぽい影ができるので、女性的な雰囲気になりやすいです。
影色=暗い色じゃなくてもOKです。明るい茶色のW&Nブラウンマダーで塗ると、陰影感は薄れますがその分明るく、キュートでポップな感じになりました。陰影が物足りない場合はこの後に更に別の色味で影色を足してもいいかもですね。
実験②紙の違い
グリザイユ技法の場合、教科書的に考えるとウォーターフォードのような重ね塗りに適したコットン紙が最適ですが、パルプ配合で溶けだしやすい性質のあるホワイトワトソン紙では本当にダメなのでしょうか。試してみました。

ウォーターフォードの水を重ねた縦のライン絵の具をみると、どこに水を重ねたか分からないくらい溶け出しが少なめですが、ホワイトワトソンに水を重ねると溶け出しが大きいのが分かります。しかし、実際の絵の行程のように絵の具を重ねた場合には、溶け出した部分は重ねた絵の具と混じってしまって案外目立たないようです。
実際に絵を描いてみると仕上がりの差は大きかったです。

両方とも同じ濃度で影の色を入れたのですが、もともとホワイトワトソンは発色が軽めということもあり、さらに重ね塗りすることで先に塗った影色の色が薄くエッジが弱くなり、とても優しい印象に仕上がりました。影が溶け出しすぎないかドキドキ感があるものの、これはこれでアリですね!
実験③後から影色をいれてもいい?

シュバッ
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チッチーヨ?(ところで、先に影色を塗らなくちゃいけないのはなんで? 後でまとめて一色で影色を塗っちゃダメなの??)

わ、出たな、記事の後半で前提を覆すタイプの文鳥さん! むむむ、後から影色をいれるとどうなるか試してみましょう!

後から影色をいれても問題はありませんね! 強いていうなら影色→固有色の順番の方が影色のエッジ(水彩境界)が重ね塗りすることで多少溶け出してソフトな印象になっているのに対し、固有色→影色の場合は影色が濃くエッジが強く見えて、陰影がより際立つ印象です。

時短という点では先に影を塗っても、後で影を塗っても工程数は同じです。しかし、グリザイユ技法のメリットの明暗コントロールの練習になるという点からみると、先に色がついていないまっさらな状態のときに影に集中して塗る経験を重ねた方が基礎力UPにつながりそうです。
単調にならない工夫

グリザイユ技法は便利ですが、塗り方を工夫しないと単調な絵にみえることがあります。単調にならないよう、透明水彩絵の具ならではの特性を生かして塗ることをオススメします。
粒状化色や分離色を使ったり、ぼかしやにじみなどの透明水彩ならではのランダム性を取り入れて絵の質感を複雑にすることで、単調になりにくくすることができます。

こちらの絵はWNペリレーングリーンで影色を塗った後、固有色の部分はホルベインのクジャクという分離色でほとんど仕上げました。ほとんど2色しか絵の具を使っていないのに、分離色の複雑な質感のおかげで寂しくありません。

この2つの絵は固有色を塗る際に、葉っぱを1枚1枚塗るのではなく、まとめて全体をグラデーションにしたり、ぼかしたりしています。そのおかげで使っている色数は少ないものの、透明水彩らしいのびのびとした色彩感としっかりした陰影感が共存して、単調には見えにくくなっています。
まとめ

ありがとうございました。
グリザイユ技法は時短で、続けることで絵の基礎力UPにつながる有用な技法です。ぜひ透明水彩らしい技法と合わせて取り入れて、あなたの透明水彩ライフにお役立てください!