透明水彩では、アナログ画材ならではの偶然性によって生まれる色の広がりや模様、テクスチャ(絵の質感)をうまく生かすことで、個性的で唯一無二の作品作りに役立ちます。今回は、エタノールを使って独特な泡のような模様を作る技法について色々実験してみました。
透明水彩画におけるテクスチャの魅力
チチチ?(テクスチャってなあに?)
テクスチャは日本語で質感という意味だよ。質感とは何かというと…、結構人によって解釈の広さが違うかと思うので、私なりの理解で説明するね。
一般的に「テクスチャ」というと、紙の目の凹凸やキャンバスの布目の織り模様、木材の木目のような材料それぞれが持つ表面の質感のことをさすかと思います。
透明水彩では、水彩紙のキメの大きさの違いや絵の具の粒子感の出方、筆のタッチなどにより、ツルツルした表面の絵に見えることもあれば、ザラザラしていたり、ゴツゴツしてみえることもあります。これらの表面の雰囲気をテクスチャ(マチエールとも)と言います。
技法書などを読んでいると、「テクスチャ」という言葉のとらえ方は人によって結構差があるかと思います。私は、テクスチャという言葉を広くとらえていて、紙の表面の質感だけでなく、絵の具が生み出す独特の模様などもテクスチャと呼んでいます。(ニュアンスと言った方が正確なんでしょうか…? 日本語と横文字は難しいです。)
絵の具の上に水を乗せて生まれる輪染み模様(バックラン)や、絵の具を垂らして生まれる水玉模様(ドロッピング)、絵の具に塩を撒いて生まれる星型模様などは、それ自体でも視覚的に面白く、とても味わい深いです。
これらのテクスチャとモチーフを組み合わせて描くことで、アナログ絵らしい偶然性や温かみのある雰囲気を生み出したり、描かれるモチーフの存在感を際立たせたりさせることができます。
新しい形のテクスチャとの出会い
先日、購入した本「透明水彩の教室」(著:あべまりえ先生)のなかで初めて知ったのですが、エタノールを使用してテクスチャを作る技法があるそうです。
こちらの本は、色づくりや画面の構成の仕方などについて、分かりやすい理論と様々な作例を用いて解説されていてとても面白かったです!
なんとなく感覚で描くお絵かきから、もう一歩進んで作品作りにステップアップしたい方にオススメです。
前置きが長くなりましたが、今回はエタノールを使って泡のような模様のテクスチャを作る実験を色々試してみました。
使用するもの
①エタノール
エタノールは薬局などで購入することができます。一口にエタノールと言っても、似たような名前の商品が並びます。それらの名前の違いはエタノールの純度の違いで分けられます。
名称 | エタノール濃度 | 備考 |
無水エタノール | 99.5%以上 | エタノールを精製して作る一番濃度の高いエタノールで、水が無い分速攻で揮発していきます。濃度が高すぎて刺激性もあります。 濃度が高い分価格も高いですが、水の割合でできる模様に若干の変化がありましたので、ご自分でも色々実験したい方は一番濃いものを用意して水で薄めながら実験されてもよいかと思います。 |
エタノール | 95~96.9% | 一般的な純粋エタノールです。 |
消毒用エタノール | 76.9~81.4% | 消毒時に一定時間揮発せず残るように水が少量入っています。 手指用のもののなかには保湿用にグリセリンや、消毒用に次亜塩素酸ナトリウムなどの添加剤が入っている場合もありますので、添加剤がないものを選んでください。 |
IP(イソプロパノール)と併記される場合 | 上記濃度のどれか | 安価にするためにIP(イソプロパノール)を少量加えたもので、濃度や基本的な性質は上記のどれかになります。 エタノールと水の混合物は飲用可能なため酒税法の対象となり課税されています。しかし、IPを添加することで飲用ではなくなるため、酒税がかからない分安くなります。 IPはエタノールより刺激臭が強いので、苦手な方は避けてください。模様を作るという点においては、IP入りだからと言って差が見えることはありませんでした。 |
今回の泡模様を作る場合には、99%エタノールよりも多少水で薄めた方がきれいに見えましたこともあり、特に色々実験する場合以外は濃度が低めの消毒用エタノールで十分だと思います。
②スポイト(大きな模様を作る)
スポイトは百均や薬局などで売っています。今回の模様を作るためのエタノールは、筆で塗るのではなく、ポタポタと一滴ずつ垂らす感じで使います。スポイトで作る模様の大きさは絵の具や紙などの条件によりますが、大体直径1~2㎝程度のものができます。
③綿棒(小さな模様を作る)
薬局などで売っている普通の綿棒でOKです。エタノールに少し浸してから、ちょんちょんと画面をタッチしてエタノールを画面に着けます。
一回で画面に触れるエタノールの量がスポイトよりも少ないため、できる模様も小さくなります。綿棒で作る模様の大きさは、絵の具や紙などの条件によりますが、大体3mm~1cmほどの小さな模様ができます。
エタノール使用時の注意点(健康と安全に関して)
エタノールは引火性がありますので火気に気を付けて、商品の説明書をよく読んで使ってください。
エタノール使用時の注意点(画材に関して)
エタノールを使用した場合に、絵に悪影響はないのだろうかと心配される方もいますよね。自分が実験したり調べた限りでは、画材については以下の点を注意するとよいと思います。使用画材や状況によると思いますので、気になる方はぜひご自分で試してみてください。
- 絵の具顔料自体が変色することはない(と思われる)が、顔料が紙の内部まで染み込み色が沈んで見えることがある
- アクリル絵の具、ニス、アクリル板を変質させる恐れがある
- エタノールと水を多用すると、紙が風邪をひきやすくなる
また、エタノールで手荒れを経験された方がいるようにエタノールには脱脂作用があります。エタノールに添加されるIPはより脱脂作用が強いです。今回は、スポイトと綿棒で模様を作る方法だけを紹介しましたが、動物毛の筆を使うのは避けた方がよいと思います。
アクリル絵の具は塗ったあとにエタノールをかけると絵の具が溶けだしてしまうため注意が必要です。(アクリル絵の具に使われる樹脂がエタノールに溶けやすいためです)
また、ニスなどの保護剤や、アクリル板もエタノールで溶けたり変質する可能性が高いです。(消毒用のエタノールで拭いてしまい家具のニスや床のワックス、アクリル板を変質させた経験があります)
ニスやアクリルなどが画面に触れるのは作品完成後だと思います。エタノールは乾けば画面には残らないので、完全に乾いたのを確認してから、保護用ニスの使用やアクリル板額装をしてください。
また、詳細は後述しますが、エタノールと水分が多く存在する場合には紙のサイジング(滲み止め)が取れやすく、描いている最中に紙が風邪をひきやすいように感じました。紙との相性によると思いますが、風邪をひきやすいウォーターフォードではエタノールを2,3回全面に垂らすくらいまでなら平気でしたが4,5回目くらいから如実に描きにくくなったので、エタノールのご利用は計画的に!
エタノールを併用すると紙の裏側まで液体や絵の具が浸透する可能性があるため、ブロックタイプなど次の紙を重ねた状態で描かれるのは、下の紙が風邪をひきやすくなる可能性があるためオススメしません。
模様について実験結果まとめ
前置きが長くなりましたが…、いよいよ本題です。
基本的な使い方は、「画面に絵の具を塗り、乾く前にエタノールを垂らす」です。色々試してみました。
キャルルル!(前置きもそうだし、この次の実験の話、すっごく長いんだけど!)
あ、ごめんね…。色々試すの楽しくて…。
まず簡単に分かったことをまとめるね。その後、興味があるところだけでも読んでもらえたら嬉しいな。
- 水彩紙は、木材パルプ素材の方が泡模様がハッキリして、ランダム性があってキレイ
- 絵の具は、濃く均一に塗るより、薄い絵の具の上にエタノールを垂らすとキレイ
- 99~80%エタノールは泡模様というより目玉模様になりやすく、キレイな泡模様を作るには少し水を混ぜる必要がある(水の混ぜ具合は繊細過ぎて結論が出ませんでした…)
- エタノール+水を何度も重ねると風邪をひいたようになるため、注意が必要。
模様について実験詳細
①水との比較
まずは、透明水彩を使った人なら馴染み深い水を垂らした場合と比較してみます。
(紙:ウォーターフォード中目、絵の具:ホルベイン コバルトブルー、エタノール:80%濃度)
スポイトで一滴たらしてみたところ、エタノールはあまり広がらず即座に浸透し泡のような白いリングができました。この模様は即座に生まれるもので、2滴目を垂らしても大きな輪ができるわけではなく、複数の模様ができました。
一方、水は画面の上にとどまって少しずつ広がりながら乾燥し、最後には毛細血管のようなジワジワした模様ができます。水の場合は模様ができるまでに猶予があるため、2滴目を垂らすと最初の水滴とくっついてより大きな模様になります。
②紙の比較
次に、水彩紙の違いで模様の違いはあるでしょうか。コットン100%のウォーターフォードと、木材パルプ+コットンのホワイトワトソンで比較してみました。
(紙:ウォーターフォード中目とホワイトワトソン、絵の具:ホルベイン コバルトブルー、エタノール:80%濃度をスポイトで垂らす)
水彩紙の違いを比較してみました。ウォーターフォードはエタノールを垂らした瞬間に、模様が定着してしまいました。たくさん垂らしても同じサイズの丸が重なり合って模様があまり鮮明ではありません。
ホワイトワトソンの方が、水やエタノールが紙に定着するのが遅い感じで、エタノールをたくさん垂らしたときに大きな丸と小さな丸が混ざり合ってできて面白いリズムが生まれています。弾かれてできる白い部分もハッキリしてキレイです。
ヴィフアールやクレスターでも同様の傾向がありました。おそらく木材パルプのある紙の方が、模様のランダム性が生まれやすく、垂らした部分とそれ以外の部分の差が大きくキレイになるようです。
③絵の具の量
次に、絵の具の濃さでできる模様の違いを比較してみました。
(紙:ホワイトワトソン、絵の具:ホルベイン コバルトブルー、エタノール:80%濃度をスポイトで垂らす)
濃い絵の具だと泡模様の内部の色も濃くなってしまい、ものによっては泡というより目玉のような模様になってしまいます。薄い絵の具のほうが、内部の色も薄くてきれいに感じます。特に、一番右のウェットインウェットで一部にだけ薄い絵の具を広げたときにエタノールを垂らしたものは、儚げできれいな印象です。
④模様の大きさ
スポイトで一滴ずつ垂らす場合と、綿棒でチョンと触る場合の違いを比較してみました。
(紙・スポイト:ホワイトワトソン、紙・綿棒:クレスター、絵の具:ホルベイン コバルトブルー、エタノール:80%濃度)
エタノールの量が少ない分、綿棒の方が小さい模様になりました。スポイトで垂らすの場合は垂らす位置のコントロールが難しいですが、綿棒ならエタノールを付ける部分のコントロールがしやすかったです。
⑤エタノール濃度
木材パルプの入っている紙では、目玉模様になりにくく白い泡ができやすかったのは、コットンより吸水性が悪く画面上に水が残りやすい分、その水とエタノールが混ざってエタノール濃度が薄くなっているからではないかと感じました。そこで、あらかじめエタノール濃度を変えたものを垂らしてみました。
予想通り、水が多い方が白くてきれいな泡模様になりました。ところがこの水加減が難しく、あまり水が多いと発散して泡模様になりません。また、一度作ったエタノール水も作業中にエタノールだけ揮発してしまうため濃度が変わってしまうのか、安定してキレイな模様をつくることが難しかったです。
揮発してしまうために実際の濃度もイマイチよく分からないのであくまで目安です。
風邪をひいたようになりやすい
エタノールを使って絵を描いている途中、紙が急速に風邪をひいてしまい、絵を描くのが難しくなりました。(風邪をひく=サイジングの具合が変わり、絵の具がまだら模様に染み込むこと)
サイジングの劣化が早いのかと思い、絵の上に水滴を垂らして水滴の弾き具合を比べてみました。
(紙:ウォーターフォード中目)
確かに、重ね描きしたほうが水滴の弾きが弱くなりましたが、それは水と絵の具で重ね描きした場合も同様でした。ただ、水だけの方は数回重ね描きをしてサイジングが弱くなった状態でも、風邪を引いたようなまだら模様が生まれるほど酷い状態ではありません。
ちなみに、エタノールだけ塗布した場合で実験してみましたが、サイジングの劣化は見られませんでした。どうやら、エタノールが直接紙のサイジングを劣化させるわけではなさそうです
(紙:ウォーターフォード)
結果から考えられたことは、エタノールは紙の内部まで浸透しやすい性質があるためエタノールと水で溶いた絵の具が混在する状態のときに、絵の具が紙の内部まで浸透して風邪を引いたようなまだら模様を生みやすくなるようです。
また、これは実験してみた訳ではなく描いてみたときの感覚からですが、エタノール+水で重ねて描くほどまだら模様は生まれやすくなるように感じましたので、水滴の形からだけでは評価できないサイジングの劣化具合もあるのだと思います。
作例
この泡模様を生かして、作品が作れないかとスイートピーを描いてみました。
ポッチ!(泡模様がお花みたいにヒラヒラして面白いね!)
風邪をひいて一部お見苦しい部分がありますが、泡模様とスイートピーの花の付き方のリズム、花弁のひらひらした形とシンクロして、面白い効果を生んでいるかと思います。
作品にはなっていませんが、一色ずつエタノールで泡模様を作って重ねた場合、混色している上にエタノールで泡模様を作った場合、水の上に絵の具を垂らし込んでから泡模様を作った場合…。色々遊ぶのが楽しかったです。
エタノールでできる模様はコントロールが難しいですが、水にはできない面白い効果がみられると思います。ぜひ試してみてくださいね!
ちなみに、泡模様を作る以外にもエタノールの面白い使い方を実験しています。こちらもぜひ読んでみてくださいね!